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20.宝頂山墓地

 宝頂山墓地一帯は生駒家五代当主利豊の隠居所で、この付近に住んでいたと伝えている。
 言い伝えによると利豊は年老いてから生きながらにして成仏したいと願って、その日を誕生日と決めて断食し水を呑むだけの生活に入ったが望みはかなえられなかった。
 六代当主利勝はその心情を思い利豊夫妻を住居にふさわしい石廟形式の墓を作って葬ったものである。
 それに四代当主家長夫妻の五輪塔を併せて祀り、後世になって十代当主周房の墓碑が加えられている。
 右端から家長夫妻(信長の室、吉乃の方の兄)の五輪塔で平安後期から密教系の塔とされていたが、その後宗派を越えて石塔の主流になって、身分の高い階級の墓碑として作られるようになった。
 家長は信長・秀吉に仕え慶長十二年(一六〇七)に死去、利豊は尾張藩主徳川義直に仕え、数々の勲功をたて寛文十年(一六七〇)に九十六歳という長寿でこの世を去っている。
 利豊の夫人は美濃の苗木城主遠山氏の娘で利豊によく仕え八十二歳で死去している。

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